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お知らせ

行事報告

名東図書館 「名東どくしょ会」を行いました

2019年3月7日

平成31年2月16日(土曜日)、名東図書館ではどなたでも参加できる公開読書会「名東どくしょ会」を開催しました。
テーマ本は『土の中の子供』(中村文則/著)です。下記のような様々な意見や感想が交わされました。
次回は平成31年4月20日(土曜日)『コンビニ人間』(村田沙耶香/著)です。

○文章力は非常に高いと感じたが、読者の気持ちを連れて行ってくれないところがある。「私」が何を考えてどう行動するのかが、予測と異なる方向へ向かってしまい、内容について行けなくて取り残されるような感じがする。
○女性の不幸の典型を「男に捨てられて孕んだ子を死産した。」としているところの発想や、「白湯子」という名が古めかしい感じを受ける。
○「私」と同業者のタクシー運転手との会話は、非日常から日常に戻れてほっとすることができる数少ない部分である。
○「私」には生に対する執着心はまるでないが、ところどころで、「私」の気持ちのスイッチが切り替わるように思った。何が「私」を突き動かすのか理解が難しい。ガードレールに自ら衝突したのは恐怖を克服しようとしたからか?
○「私」が親から虐待を受けたという記述はない。親から虐待は、受けなかったのだろうか。身体的虐待でなくてもネグレクトという虐待もある。何らかの形の虐待は受けていた可能性の方が高い気がする。
○小説の後半に、父親が「私」との面会を求めているが、その理由については一切記述がない。しかし、とてもまっとうな理由で会いたがっているとは思えなかった。父親が「私」に「私」を捨てた「当時の状況を説明したい。」とか「あやまりたい。」という気持ちをもっているようにはとても感じなかった。「金をせびるつもりだろう。」と感じた。それは、施設の長だったヤマネさんの「・・・向こうがどうしてもと言うんだ。何か君に頼みたいことでもあるのかも知れない。連絡先を教えないなら、直接会わせろとな。・・・」というように強引に会おうとしているところから感じ取った。
○元施設長のヤマネさんが、父親が面会を求めていることを「私」に伝えたときに「私」が会うわけがないとすぐに感じた。だが、その理由として「僕は、土の中から生まれたんですよ。」という言葉は、唐突で予想外だったので、強く印象に残った。
○白湯子との小さな旅行の前に「何かの決断も、要求することもできなかった。」とはいったい何を言いたかったのかよく分からない。白湯子との「結婚」とか「将来の約束」を考えているのではないかということも感じ取れる。「私」と白湯子との間に恋愛感情があるようには感じなかったが、白湯子が「私」に献身的になっているところはいくつか見受けられる。この話は、「不幸ではない未来」を感じさせる終わり方になっている。「不幸ではない未来」を「幸せな未来」とは言い難いが...。
○虐待を受けた子どもが成長し、自分が親になると自分の子供を虐待することがよくあると言われるが、「私」の場合、そうではないように感じる。それは、「私」を散々苦しめてきた虐待の記憶を人にも味わわせたいというような「私」の深層心理を微塵も感じさせないからである。最後の行の「白湯子の子供の墓参りをしようと思った。」というところから亡くなった白湯子の子供に対する憐れみを感じ取ることができる。ここからも「私」が親になったときに子供を虐待しないだろうということを感じとれる。