- 最近の調査団報告書は名古屋なんでも調査団へ
- これまでの調査団報告書は調査団報告書一覧へ
- PDF版の一覧は調査団報告書一覧(PDF版)へどうぞ
調査内容
近所の公園に灯ろうに似た石の塔があります。友人にあれは「ラジオ塔」だと教えてもらいましたが、ラジオが受信できるようには見えません。名古屋のラジオ塔について教えてください。
調査手順
まず、ラジオ塔とは何かについて調べてみよう。日本の放送の歴史の本を漁っていくと、『日本放送史』に記載があった。「公園や広場など、大人数の集まる場所に受信機を設置して、公衆の聴取に供するもの」で、戦前期に設置されたらしい。戦前の公園について調べていくと『新修名古屋市史 資料編近代3』の「名古屋市公園一覧」で鶴舞始め7つの公園に設置されていたこともわかった。ラジオのことなので当時の『ラジオ年鑑』も見てみる。すると、昭和17年版のラジオ塔施設一覧に「笠寺観音」と「東別院」の記載があった。戦後の設置状況については、残念ながら資料が見つからなかった。
調査結果
名古屋市内には少なくとも9か所(鶴舞、中村、志賀、南久屋、道徳、松葉、上名古屋の各公園と笠寺観音、東別院)に設置されていました。他にもあったのかもしれません。戦前期に設置されたことから、中の受信機は戦中の金属供出でなくなったと思われます。さらに新聞記事を調査し、現存するラジオ塔については保存活動が行われていることもわかりました。
【追記】利用者より情報提供があり、鶴舞公園のラジオ塔の詳細な位置や新たなラジオ塔の存在が明らかになりました。ありがとうございます。以下に追記します。
『目で見る名古屋の100年 上巻』p.113に「鶴舞公園内の街頭ラジオ」の写真があります。現在の胡蝶ヶ池の北、松の木の下にあったようです。また昭和18年版の『名古屋の公園』p.34に、東山公園(動物園内)にもラヂオ(ラジオ)塔があったとの記載がありました。さらに『皇太子殿下御降誕記念事業公園』に、港北公園にもラジオ塔があったとの記載がありました。
【さらに追記】『民族文化』No.31(2019.10)収録の論文「ラジオ塔についての覚書(近畿の民俗・文化)」の中で、名古屋のラジオ塔が紹介されています。当館では未所蔵ですが、インターネットから閲覧することができます。
今回の調査で使った資料
- 『日本放送史 上』(日本放送協会放送史編集室/編 日本放送出版協会 1964)p.284--285
- 『新修名古屋市史 資料編近代3』(新修名古屋市史資料編編集委員会/編集 名古屋市 2014)p.344--345
- 『ラジオ年鑑 昭和17年』(日本放送協会/編 日本放送協会 1941)p.319
- 中日新聞 2017年12月24日 朝刊p.8『ラジオ塔前 平和願い体操』
- 『目で見る名古屋の100年 上巻』(久住典夫/監修 郷土出版社 1999)p.113
- 『名古屋の公園』(名古屋市役所 1943)p.34 (『近代都市の衛生環境<名古屋編> 38』収録)
- 『皇太子殿下御降誕記念事業公園』(名古屋市土木局公園課/編集 名古屋市土木局公園課 1943)
- 「ラジオ塔についての覚書(近畿の民俗・文化)」(『民族文化』No.31(2019.10)収録)[最終確認日:2022年3月21日] (外部リンク)