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調べ物案内

調査団報告書No.33

調査内容

名古屋市内でよく見かける「〇」に漢字の「八」を書いたマーク。名古屋市のマークだって聞いたけど、どんな由来があるの?

調査手順

名古屋市に関することなら、まず『名古屋市史』。というわけで調べてみると、『名古屋市史〔第6〕風俗編』p797--799に「丸八の徽章」という項目が見つかった。尾張藩の合印をもとに決められたらしいけれど、なぜ丸に八なのか、いくつか説があるようだ。「丸八」「き章」をキーワードにしてもう少し調べよう。『史話名古屋城と城下町 歴史散歩』p227--242に「市き章「丸に八の字」のルーツ-「制定回顧座談会速記録」の発掘について-」があった。明治40年に名古屋市告示で制定されたそうだ。本文に引用されている「市き章"丸八"についての若干のノート」(『シャチ』第61号所収)を確認しよう。丸八のマークには、名古屋市が一層発展するようにという願いがこめられていることが分かった。年代によって、少しずつマークの形がちがっていておもしろい。また、名古屋市の公式ホームページを見ると詳しい説明が見つかった。

調査結果

解決スタンプ

丸八のマークは、明治40年10月30日に名古屋市告示第93号で名古屋市のき章として制定された。制定にあたって案が出されたが、最終的に尾張藩の合印だった丸八になった。丸八の由来は、尾張八郡の八、「オハリ」のハ、尾張藩士安部(阿部)八兵衛が使っていた提灯の八の字、清和源氏の流れをくむ尾張藩が先祖八幡太郎義家の定紋「向い鳩」から作った、などさまざまな説がある。
 毎年8月8日の「まるはちの日」は、名古屋市の丸八のマークにちなんでいるんだって。各地でイベントも行われるみたいだから、行ってみようかな。

今回の調査で使った資料

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