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調査内容
江戸落語」「上方落語」などと言うが、「名古屋落語」みたいなものはあるのか?名古屋に腰を据えて活動している落語家はいるのか?
調査手順
近世以降の名古屋の芸能の歴史を記した「中京芸能風土記」によると、文政元年(1818年)に初の寄席興行が行われてから、多くの興行が行われ、江戸や上方に引けを取らないほど盛り上がりました。しかし、高座にあがる落語家は江戸・上方から招かれた人が多くを占めており、そのためか、名古屋固有の芸人を養成することはありませんでした。
しかし、まったくいないわけではありません。昭和期に雷門福助・雷門小福、そして小福の弟子であり、現在では名古屋唯一の落語の一門「登龍亭一門」を立ち上げて活躍する登龍亭獅篭(旧名・雷門獅篭)、俳優落語家として活動する傍島将大など、東西に比べれば少数ながら、名古屋を拠点として活躍する落語家は存在します。
調査結果

江戸時代後期から名古屋では多くの寄席興行が行われてきましたが、高座にあがる落語家は江戸や上方から招いた人が多くを占めていました。このため、東西の交流の場ではありましたが、名古屋落語と呼ばれるほどの勢力はなかったようです。しかし、昔から現在まで名古屋を本拠地として活躍する落語家は少数ながら存在しています。
今回の調査で使った資料
- 『中京芸能風土記』関山和夫/著 青蛙房 1970
- 『噺家根問』瀧口雅仁/著 彩流社 2007
- 『ご勝手名人録』雷門獅篭/著 ぶんか社 2012
- 『中日新聞』2020年9月5日 朝刊 13面
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『東西寄席演芸家名鑑3』東京かわら版 2026
(「フリーの落語家」の中に名古屋の落語家の掲載があります)
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- 調査団報告書No.164 「「江戸落語」「上方落語」などと言うが、「名古屋落語」みたいなものはあるのか?名古屋に腰を据えて活動している落語家はいるのか?」 <PDF形式,183KB>(2026年10月作成)
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