- 最近の調査団報告書は名古屋なんでも調査団へ
- これまでの調査団報告書は調査団報告書一覧へ
- PDF版の一覧は調査団報告書一覧(PDF版)へどうぞ
調査内容
豊国神社の参道にある赤い大鳥居について知りたいです。いつ頃、どんな経緯で造られたものですか?
調査手順
大鳥居が造られた経緯を調べるため、『中村区史』を見ると、P.514からP.515にかけて建設の経緯が紹介されていました。「当時の中村(後の中村・下中村・稲葉地・日比津・栄生・則武各町)町民は市併合を永久に記念すべく何等かの記念物を残して置きたいと協議の結果、中村公園内に記念塔の建設を目論んだ。」とありました。
調査結果
豊国神社の参道にある赤い大鳥居は、大正10(1921)年に当時の愛知郡中村が名古屋市へ編入されたことを記念して建設されました。昭和4(1929)年6月17日起工され、同年11月3日に竣工しています。竣工式は、豊臣秀吉が天文5(1536)年の元旦生まれであることに基づいて、翌年の昭和5(1930)年1月1日に行われました。竣工式当日は、快晴の天気に恵まれ、千成瓢箪の装飾や花電車が運転されるなど、大変なにぎわいだったようです。鉄筋コンクリート造りの鳥居は、高さ約24メートル、柱の太さは約2メートル40センチを誇り、日本一の大鳥居が建てられました。 記念物の建設にあたっては、中村の地や豊臣秀吉をアピールする狙いもあったようです。 記念物の候補としては、鳥居のほかに記念碑や記念館、牡丹園などの案が出されましたが、いずれも実現せず、大岩勇夫市長時代に鳥居の建設が確定されました。