ページの先頭です。
本文へジャンプする。
ここから本文です。

調べ物案内

名古屋の偉人伝 No.40 浅野祥雲(あさのしょううん)の巻

ここがスゴイ!

「浅野祥雲(あさのしょううん)」の写真 出典:
『神洲五色園案内図』

名古屋を拠点に、当時最先端の素材であるコンクリートを使った像を500体以上作成した造形家。

こんな人生を送ってきました

 明治24(1891)年、岐阜県坂本村(現・中津川市)に生まれる。本名・高次郎。父親は農業のかたわら地元に伝わる土雛(土人形)を作っており、祥雲もその技術を受け継いだ。
 大正13(1924)年、家族とともに名古屋に移住。映画館の看板書きなどをしていたが、昭和5(1930)年から、浄土真宗の教えを伝える巨大宗教公園「五色園」(日進市)の像の制作を開始。10年ほどかけておよそ100体のコンクリート像をつくる。その後も軍人慰霊像(覚王山→南知多町)、桃太郎神社(犬山市)、名古屋市歴代市長像(平和公園)、関ヶ原ウォーランド(岐阜県関ケ原町)の武将像などの他、各地の寺の仏像や観音像なども手がける。
 昭和53(1978)年、死去。

もっとくわしく知りたいあなたに

pdfダウンロード

get adobe reader
PDF形式のファイルを閲覧するにはAdobe Reader(無料)が必要です。
※AcrobatReader5.0以上を推奨しています。

▲ページトップへ