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名古屋の偉人伝 No.32 越原春子(こしはらはるこ)の巻

ここがスゴイ!

越原春子の写真 越原記念館所蔵
(名古屋女子大学内)

名古屋女学校(現在の名古屋女子大学中学校・高等学校)の創設者にして、日本初の女性国会議員の一人。女性の教育や地位向上に一生を捧げました。

こんな人生を送ってきました

1885(明治18)年、岐阜県加茂郡東白川村越原(おっぱら)で生まれる。
1904(明治37)年、いとこの内木玉枝(ないきたまえ)から学校の開設を手伝わないかと誘われる。父からの反対にあうも、強い気持ちで説得し、名古屋へ。開校した中京裁縫女学校で教員として働くうち、自分も女性のための学校を創りたいと思うように。
1915(大正4)年、夫の和(やまと)とともに名古屋女学校を開設。女性が家事をこなすのが当たり前の時代、春子は少しでも家庭生活を便利にすることで、空いた時間を学びにあてられないかと思案。当時は着物にはかまが一般的だったが、通学服を洋装にして動きやすくするとともに、自らも着物の帯を改良してすばやく支度ができるようにした。
1946(昭和21)年、戦後第一回衆議院議員選挙に、女性が政治に参加する大切さを訴えて当選。憲法改正案特別委員会の委員に選ばれ、新しくできる日本国憲法の法案について、女性の権利に着目して審議した。新憲法の制定を見届けた後は、再び名古屋にて学校教育に携わる。
1959(昭和34)年、74歳で死去。
現在、名古屋女子大学内には「越原記念館」があり、春子の業績を今に伝えている。

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