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| 要旨 |
日本を代表するデザイナー粟津潔の少年時代の記憶。独学で学んだ彼にとって、街が教師であり、眼にした不思議やさまざまな出会いが題材であった。少年時代の体験は、ジャンルを超えた粟津デザイン・横断的アートの原点なのである。 |
| 目次 |
不思議なイチョウの木の下で 二番目の不思議「寓」という文字 父との出会いは、四枚の写真だった 街は先生のようでした ピンク色したウサギの子と新屋のコーチャン つながり乞食の歌 学校の成績が、ガタガタに落ちた 赤マントとだまされた万年筆 裏切られた馬のこと オチンチンが真っ赤にはれあがった〔ほか〕 |
| 著者情報 |
粟津 潔 1929年東京都目黒区目黒本町に生まれる。絵画・デザインを独自で学び、1955年日本宣伝美術会展・日宣美賞受賞、1958年世界フィルムポスターコンペランス最優秀賞などを経て、1969年粟津デザイン研究室(現(有)粟津デザイン室)設立。グラフィックデザイナーとしてデザインの第一線で活躍する傍ら、建築・音楽・文学・映像などさまざまなジャンルを超えたアーティストらとともに都市設計・博覧会設計・映画制作なども行い、その活動・作品暦、及び発表は多岐に渡る。1997‐98年には、ポーランド共和国・4都市4国立美術館にて大回顧展を開催。近年ではデザインの原点である視覚伝達(ビジュアルコミュニケーション)に着眼し、象形文字・ロックアートなどを追究し、さまざまな方法を用いて発表を展開している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表:
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