蔵書情報
この資料の蔵書に関する統計情報です。現在の所蔵数 在庫数 予約数などを確認できます。
書誌情報サマリ
書名 |
知られざる拓北農兵隊の記録
|
著者名 |
鵜澤希伊子/編著
|
出版者 |
高文研
|
出版年月 |
2021.2 |
請求記号 |
6112/00076/ |
資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
No. |
所蔵館 |
資料番号 |
資料種別 |
配架場所 |
別置 |
帯出 |
状態 |
1 |
鶴舞 | 0237851365 | 一般和書 | 1階開架 | | | 在庫 |
関連資料
この資料に関連する資料を 同じ著者 出版年 分類 件名 受賞などの切り口でご紹介します。
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
請求記号 |
6112/00076/ |
書名 |
知られざる拓北農兵隊の記録 |
著者名 |
鵜澤希伊子/編著
|
出版者 |
高文研
|
出版年月 |
2021.2 |
ページ数 |
278p |
大きさ |
19cm |
ISBN |
978-4-87498-751-3 |
分類 |
6112411
|
一般件名 |
開拓-歴史
北海道-歴史
|
書誌種別 |
一般和書 |
内容紹介 |
1945年7月、集団疎開の戦災者たちが北海道に入植した「拓北農兵隊」。約束の家も農地も電気も水道もない開拓地の過酷な環境で、戦後をいかに生きたのか。知られざる棄民政策に体験者20名の証言記録で光を当てる。 |
タイトルコード |
1002010092553 |
要旨 |
“知っていますか、「拓北農兵隊」のこと”日本の敗戦を挟んで凍てる大地に集団疎開の戦災者たちが、苦難の開拓に果敢に挑んだ歴史の証言! |
目次 |
1章 拓北農兵隊とは(『知られざる拓北農兵隊の記録』によせて 知られざる拓北農兵隊―横浜大空襲の体験から 拓北農兵隊(農民団)町村別受入地・戸数一覧) 2章 ドキュメント・拓北農兵隊(白雲を眺めて 戦後北海道の開拓 開拓者の娘としての一三年 ほか) 3章 北海道各地に入植した人々が語る拓北農兵隊(世田ヶ谷部落 拓北農兵隊手稲分隊の入植の経過と苦悩 「一四歳で拓北農兵隊の一員として」曙の地に入植 ほか) |
著者情報 |
鵜澤 希伊子 1930年11月、東京都世田谷区で誕生。1945年4月13日、山の手大空襲で牛込区(現新宿区)揚場町で罹災、その後都内を転々として何度も罹災、家族はばらばら、無一物となる。父が目黒区から拓北農兵隊に応募、敗戦後の9月4日、上野をチャーター列車で出発、北海道河西郡川西村に入植。学業のため一時帰京したが、1949年4月、母の死で北海道に戻り家業を助ける。その後小学校助教諭に。複複式指導の小学校教育を始める。その間通信教育や講習を受け、小学校教諭資格を取る。入植後17年で父の開墾作業が完成、検査に合格して自分の土地となったのを機に離農を企てる。1963年3月、父とともに帰京。63年4月より私立平和学園小学校(茅ケ崎市)に勤務。その後川崎市、東京都の教員となり、主に障碍児学級を担当する。88年3月、57歳で退職。職を捨て、家族を捨て、国を捨て、自分からすべての束縛を取り払おうと88年9月にフィンランドへ単身渡航。「日本紹介」をしながらフィンランド語と文化を学ぶ。97年1月、父の介護のため帰国。帰国後は妹の鵜澤良江と父の介護をしつつ、全日本年金者組合都本部調布支部で、年金引き下げ違憲訴訟の原告の一員として活動。ほかに調布飛行場問題を考える会、戦争は嫌だ調布市民の会、原発ゼロ調布行動などの市民運動に参加する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表:
前のページへ