蔵書情報
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資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
No. |
所蔵館 |
資料番号 |
資料種別 |
配架場所 |
別置 |
帯出 |
状態 |
1 |
鶴舞 | 0235599966 | 一般和書 | 2階開架 | 人文・社会 | | 在庫 |
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書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
請求記号 |
3168/00388/ |
書名 |
カントリー・オブ・マイ・スカル 南アフリカ真実和解委員会<虹の国>の苦悩 |
著者名 |
アンキー・クロッホ/著
山下渉登/訳
|
出版者 |
現代企画室
|
出版年月 |
2010.5 |
ページ数 |
420p |
大きさ |
21cm |
ISBN |
978-4-7738-1006-6 |
原書名 |
Country of my skullの抄訳 |
分類 |
3168487
|
一般件名 |
アパルトヘイト
和解
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書誌種別 |
一般和書 |
内容紹介 |
「アパルトヘイト以後」の真実に光をあてる渾身のルポルタージュ。南アフリカの白人(アフリカーナー)である著者が、犠牲者と加害者双方の証言を取材し、深刻な暴力と分断を克服する「和解」のプロセスに向き合う。 |
タイトルコード |
1001010014328 |
要旨 |
1994年、南アフリカ史上最初の普通選挙が実施され、その年のうちに、1960年から1993年までに起きた重大な人権侵害の全体像を明らかにするために「真実和解委員会」を創設する法案が起草された。委員会に課された任務は、真実を探り出して公表することと、このような悲惨な出来事が再び起きることを防ぐことだった。1996年から2年以上のあいだ、南アフリカの人々は毎日のように、目を背けたくなる自分たちの過去と直面することになった。アンキー・クロッホはラジオジャーナリストとして、犠牲者と加害者双方の証言を取材して「真実和解委員会」のすべてを報じた。痛切で心かき乱す言葉に満ちた本書によって、はじめて民衆の声が南アフリカの歴史となった。 |
目次 |
委員会ができるまで(わが同胞は決して嘆き悲しまなかった われわれほど分け隔てられた者はいない) 初めての公聴会(より細分化され、広がっていく悲嘆の度合 裏切り話はいつでも作り変えられるに違いない 加害者たちの話の響き 濡れ袋とその他の幻想 二人の女性―それを異なった言葉づかいで聞いてみよう 罪はおのれの全責任とともに揺れ動く) 政治(政治に関する記録は、みずからをねじ曲げる 和解―二つの悪のうちのましな方 恩赦―亡霊を伴った道ゆき 政党の意見表明が定まる) 反応の数々(各地で血の雨が降る 心の深手に触れた手紙 われわれすべてに行き渡る―ツツからママセラまで 真実は女性である そのとき大いなる心が張り裂ける) 緊張緩和(羊飼いと私自身の原風景 あやまちの悲劇 母が国民と向き合う 悲しみと慈愛に満ちた最愛の国) |
著者情報 |
クロッホ,アンキー 1952年、南アフリカ共和国旧オレンジ自由州のクローンスタットに生まれる。これまで、主にアフリカーンス語で数多くの詩集、戯曲、小説などを発表。そのうちいくつかの作品は、ヨーロッパの諸言語に翻訳されて国際的な文学賞を受賞している。報道記者としては、アンキー・サミュエルの名前で活動。真実和解委員会に関する報道に対して、著者と著者が率いた南アフリカ放送協会のラジオチームは、優れたジャーナリズムに与えられるプリングル賞を受賞。また著者個人として、海外紙に連載した同委員会に関する記事に対して、外国特派員協会賞を受賞した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 山下 渉登 1951年。金沢大卒。フリー編集者をへて、小説の執筆、捕鯨史研究にたずさわる。著書:『青の暦1970』(北冬舎、2000年、泉鏡花記念金沢市民文学賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 峯 陽一 1961年生。アフリカ地域研究、開発経済学を専攻する。現在、同志社大学大学院グローバルスタディーズ研究科教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表:
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