蔵書情報
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書誌情報サマリ
| 雑誌名 |
|
| 年月日号 |
1948年11月下旬号(再建No.46) |
| 通番 |
00782 |
| 年月日 |
19481115 |
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資料情報
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| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
資料種別 |
配架場所 |
別置 |
帯出 |
状態 |
| 1 |
鶴舞 | 0350207742 | 一般和雑誌 | 2階書庫 | | 禁帯出 | 在庫 |
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書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| タイトルコード |
2999925002953 |
| 年月日号 |
1948年11月下旬号(再建No.46) |
| 年月日 |
19481115 |
| 巻号 |
0000-0046 |
| 通番 |
00782 |
| 要旨 |
教材としての「漱石文学」に迫る。 |
| 目次 |
序章 第1章 教材の新たな可能性(『こころ』の「心」を読む―『こころ』1 男同士の争い―『こころ』2 『こころ』の襖―『こころ』3 語りは文学か―『夢十夜』「第一夜」 「芸術」が生まれるとき―『夢十夜』「第六夜」 「開化」は文化である―『現代日本の開化』 時代の中の個人主義―『私の個人主義』) 第2章 教科書における受容の変遷(なぜ「おもしろく」読まなければならないのか―『吾輩は猫である』 漱石はうっぷんをユーモアで解消した―『坊っちゃん』 帰ってくる物語かもしれない―『草枕』 漱石の心が見えるかもしれない―『夢十夜』 なぜ美禰子は藤尾にならなくてすんだのか―『三四郎』 代助がわかっていたこと―『それから』 「私」から「私たち」へ―『こころ』 ヨーロッパ近代と資本主義―『現代日本の開化』 自由と主体と個人―『私の個人主義』) 付録 |
| 著者情報 |
石原 千秋 1955(昭和30)年生まれ。成城大学大学院文学研究科国文学専攻博士課程中退。早稲田大学教育学部教授。専攻は日本近代文学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表:
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