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書誌情報サマリ
| 書名 |
千姫
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| 著者名 |
三上於莵吉/著
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| 出版者 |
同光社
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| 出版年月 |
1952.4 |
| 請求記号 |
S9137/02374/ |
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書誌詳細
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| 請求記号 |
S9137/02374/ |
| 書名 |
千姫 |
| 著者名 |
三上於莵吉/著
|
| 出版者 |
同光社
|
| 出版年月 |
1952.4 |
| ページ数 |
351p |
| 大きさ |
19cm |
| 分類 |
9137
|
| 書誌種別 |
6版和書 |
| タイトルコード |
1009940056305 |
| 要旨 |
論語はすなわち儒教のことである―日本人の多くにとっての「常識」であろう。ところが、実はそうではない。子供のころ、祖父の摩訶不思議な「教え」から『論語』に接した著者は、のちに儒教の持つ残酷な側面を知り、強い葛藤を抱く。実際の孔子は「聖人」であったのか?なぜ『論語』は絶対に読むべきなのか?御用教学・儒教の成立と悪用される孔子、朱子学の誕生と儒教原理主義の悲劇など、中国思想史の分析を重ねた果てに著者がたどり着いた答えは、なんと「論語は儒教ではない」というものだった。曇りのない目で孔子の言葉に触れ、『論語』を人生に生かすための画期的な書。 |
| 目次 |
序章 私の『論語』体験と、私が見た「儒教の残酷さ」 第1章 定説や通念を覆す―孔子とは何者か、『論語』とは何か 第2章 御用教学・儒教の成立と悪用される孔子 第3章 朱子学の誕生と儒教原理主義の悲劇 第4章 朱子学を捨て、『論語』に「愛」を求めた日本 最終章 『論語』はこう読もう |
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