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書誌情報サマリ

書名

接続された身体のメランコリー <フェイク>と<喪失>の21世紀英米文化

著者名 高村峰生/著
出版者 青土社
出版年月 2021.4
請求記号 9302/01067/


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No. 所蔵館 資料番号 資料種別 配架場所 別置 帯出 状態
1 鶴舞0237858931一般和書2階開架文学・芸術在庫 

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書誌詳細

この資料の書誌詳細情報です。

請求記号 9302/01067/
書名 接続された身体のメランコリー <フェイク>と<喪失>の21世紀英米文化
著者名 高村峰生/著
出版者 青土社
出版年月 2021.4
ページ数 256p
大きさ 19cm
ISBN 978-4-7917-7365-7
分類 93027
一般件名 英文学   映画-アメリカ合衆国   ロック音楽
書誌種別 一般和書
内容紹介 21世紀の英米文化をかたちづくってきた<スター>の作品はなにを演じ、なにをうたっていたのか。気鋭のアメリカ文学者が、文学と身体の、映画と国家の、音楽と表象の結節点を精緻に解きほぐす。
タイトルコード 1002010104012

要旨 昭和12年夏、噴煙上げる浅間山を前に「山は生きている」と強く感じた畦地は、以降、「山」を作品創作の主題と定め、多くの山を一人で歩いた。数々の山旅で深く心に刻まれた命あるものたちとの出会いは、やがて代表作となる「山男」を生み、そして、畦地と山との対話は文章としても多く残された。本書は、『山の眼玉』『山の足音』に続く3作目となる画文集である。
目次 山に考える
燕岳
美ガ原
三つの峠を越えて
スキー宿の夢
蘭さがし
南アルプスの記
八ガ岳山麓
雪の八ガ岳
聖山
冬の石鎚をゆく
親と子の山
著者情報 畦地 梅太郎
 1902年、愛媛県宇和島に生まれる。版画家。1920年、18歳で上京。油絵の自修期間を経て、27年、日本創作版画協会展に出品し入選、版画家への道を歩み始める。1940年ころより山を主題にした版画にとりかかり、山男シリーズなど版画作家として独自の世界を確立した。版画作品のほか、山の紀行文も数多く執筆し、多くの版画集、画文集を発表した。1999年、96歳で逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


内容細目表:

1 自宅への流刑、あるいは思い出すことすら不穏当なことを思い出すこと   コロナの時代にカミュとアルトーを読む   7-42
2 構築と落下   『インセプション』における重力   43-65
3 背後の世界、あるいはあらかじめ喪われているものの彼方へ   ルー・リードとデルモア・シュウォーツ   67-79
4 星条旗の(黒い)星のもとに   デヴィッド・ボウイと「アメリカ」   81-97
5 Can I Be Real?   アメリカ時代のデヴィッド・ボウイにおけるフェイクとフェイム   99-115
6 すべての荒廃の後で   アクロン、メンフィス、デトロイト、そしてパターソン   117-131
7 記憶の揺曳/揺曳の記憶   カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』における水と揺れ   133-149
8 稲妻(の速さ)で歴史を書く   『國民の創生』と『ブラック・クランズマン』における引用、真実、歴史   151-166
9 デュマは黒人だ   『ジャンゴ 繫がれざる者』における奴隷制度とその外部   167-182
10 深い皮膚   『神よ、あの子を守りたまえ』における商品化された「黒さ」と触覚的身体   183-196
11 接続された身体のメランコリー   ドン・デリーロの『ボディ・アーティスト』におけるメディアの存在論   197-224
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