蔵書情報
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資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
資料種別 |
配架場所 |
別置 |
帯出 |
状態 |
| 1 |
鶴舞 | 0238415517 | 一般和書 | 2階開架 | 文学・芸術 | | 在庫 |
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書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| 請求記号 |
7622/00064/ |
| 書名 |
音盤を通してみる声の近代 日本、上海、朝鮮、台湾 |
| 著者名 |
劉麟玉/編著
福岡正太/編著
細川周平/著
|
| 出版者 |
スタイルノート
|
| 出版年月 |
2024.3 |
| ページ数 |
271p |
| 大きさ |
21cm |
| ISBN |
978-4-7998-0208-3 |
| 分類 |
7622
|
| 一般件名 |
音楽-アジア(東部)
レコード音楽-歴史
|
| 書誌種別 |
一般和書 |
| 内容紹介 |
日本、台湾、韓国における蓄音機の嚆矢・レコードの製作、販売、マーケティング戦略などを含めたレコード産業の歴史を考察。また、レコード産業が展開される中での東アジア各地の音楽ジャンルの共有や変容なども探求する。 |
| タイトルコード |
1002310098342 |
| 要旨 |
危機が過ぎ去るまであと何日か、ノルマは達成したか、あと何年生きられるか―。人生を数えてみても、自分の思う通りにはならない。哲学者が考えを深めた末に辿り着いた日々を“価値あるもの”にするためにできること。 |
| 目次 |
大事なことは何か〜はじめに 第1章 他者を理解できないのと同じく、人生のこともすべてわかっているわけではない―知る「私」(自分の価値を人に決められてなるものか 偽りの結びつきから真の結びつきへ 近くもなく遠くもなく ほか) 第2章 本当に大事なことを考えるためにはじっくり問題と向き合い、考え抜かなければならない―立ち止まる「私」(かがむ人 ためらう人 時間を止めたい人 ほか) 第3章 過去のつらかった経験をなかったことにはできないが、「今」が変われば過去は変わる―変化する「私」(生きることは変化すること どの今にも優劣はない 小さいけれど、確実な幸福 ほか) 人はどこからきてどこへ行くのか〜終わりに |
| 著者情報 |
岸見 一郎 哲学者。1956年、京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。京都教育大学教育学部、奈良女子大学文学部、近大姫路大学看護学部、教育学部非常勤講師、京都聖カタリナ高等学校看護専攻科非常勤講師を歴任。専門の哲学に並行してアドラー心理学を研究、市井の人々に寄り添い続けながら、執筆・講演活動を行っている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表:
-
1 蓄えられた声を百年後に聴く
私たちはなぜこの百年のレコード史を追っているのか
8-25
-
劉麟玉/著
-
2 日本の円筒録音時代
声の再生、模倣、保存
28-47
-
細川周平/著
-
3 日本統治時代における台湾レコード産業と「台湾盤」の市場メカニズム
48-74
-
黄裕元/著 岡野<葉>翔太/訳
-
4 台湾テイストを作り出す
日本蓄音器商会の台湾レコード制作の戦略を探る
76-99
-
王櫻芬/著 長嶺亮子/訳
-
5 「新譜発売決定通知書」を通してみる台湾コロムビアレコード会社と日本蓄音器商会の間の「対話」
戦争期のレコード発売状況の調査を兼ねて(一九三〇〜一九四〇年代)
100-119
-
劉麟玉/著
-
6 写音的近代と植民地朝鮮、一八九六〜一九四五
120-166
-
山内文登/著
-
7 草津節
お座敷からレコードへ、そして外地へ
170-189
-
福岡正太/著
-
8 戦前・戦中台湾のコロムビアレコードの音から歌仔戯と新興劇の音楽の繫がりをさぐる
190-205
-
長嶺亮子/著
-
9 清朝末期から中華民国期の崑曲SPレコード
吹込者と録音内容にたどる近代伝統劇界の変遷
206-230
-
尾高暁子/著
-
10 義太夫節・パンソリ・蘇州弾詞の歴史的音源に聴く演奏様式の変容
232-265
-
垣内幸夫/著
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