蔵書情報
この資料の蔵書に関する統計情報です。現在の所蔵数 在庫数 予約数などを確認できます。
資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
資料種別 |
配架場所 |
別置 |
帯出 |
状態 |
| 1 |
鶴舞 | 0237582960 | 一般和書 | 2階開架 | 文学・芸術 | | 在庫 |
関連資料
この資料に関連する資料を 同じ著者 出版年 分類 件名 受賞などの切り口でご紹介します。
M.クーケルバーク 直江清隆 佐藤駿 鹿野祐介
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| 請求記号 |
929/00777/ |
| 書名 |
タワー |
| 著者名 |
ペミョンフン/著
斎藤真理子/訳
|
| 出版者 |
河出書房新社
|
| 出版年月 |
2022.9 |
| ページ数 |
327p |
| 大きさ |
19cm |
| ISBN |
978-4-309-20865-7 |
| 分類 |
92913
|
| 書誌種別 |
一般和書 |
| 内容注記 |
内容:東方の三博士 自然礼賛 タクラマカン配達事故 エレベーター機動演習 広場の阿弥陀仏 シャリーアにかなうもの 作家Kの「熊神の午後」より カフェ・ビーンス・トーキング 内面表出演技にたけた俳優Pのいかれたインタビュー 『タワー』概念用語辞典 |
| 内容紹介 |
674階建巨大タワー国家。地上からの脅威が迫り、下層階を軍隊、上層階を富裕層が占める<ビーンスターク>の人々は、不完全で、優しい-。韓国SFの金字塔にして、笑いと涙の摩天楼エンタテインメント。 |
| タイトルコード |
1002210046300 |
| 要旨 |
「デジタルテクノロジーが我々の時間と存在にどのような影響を与えうるのか?」という現代的課題に、技術哲学分野の第一人者が、初めて独自の刺激的な視点から挑んだ野心作。プロセス哲学、ナラティブ理論、テクノパフォーマンスの概念を用いて、デジタルテクノロジーが「私たちの時間と存在との関係をどのようにかたちづくっているか」を分析し、AIをはじめとする新技術や気候変動などに照らして、それが何を意味するのかを論じる。現代の技術哲学とメディア論との対話と、「人間的年代(アンスロポクロネ)」と呼ばれるものに共通する時間について、独自の問いを設定して、私たちが今日どのように存在し、時間に関係するのかを理解するための概念フレームワークを具体的かつ分かりやすく提案する。 |
| 目次 |
第1章 イントロダクション―時間、実存、技術(時間の加速と実存 地球レベルでの時間 現在主義の陥穽 デジタルテクノロジーによる時間形成 時間と技術を再考する 本書の構成) 第2章 プロセス、ナラティブ、パフォーマンス―デジタルテクノロジーは時間性と実存をどのようにかたちづくるのか(プロセス ナラティブ パフォーマンス 複数時間性と権力) 第3章 人間的年代における共通時間を求めて―善き時間、同時代化、そして気候変動時代におけるグローバルな共=実存の政治(カイロス:善き時間と意味のある存在 カイロス的政治と同時代化:気候変動時代における時間と共=実存の政治) |
| 著者情報 |
クーケルバーク,M. ウィーン大学哲学・教育学部メディア・技術哲学分野教授。バーミンガム大学博士。1975年ベルギー生れ。イギリス・デモンフォート大学コンピューターと社会的責任研究センター非常勤教授(2014‐19)、国際技術哲学会会長、ヨーロッパ委員会の人工知能に関する高度専門家会議委員なども歴任。AIやロボットなど技術全般に関する倫理学、哲学の第一人者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 直江 清隆 東北大学大学院文学研究科教授。東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎論専門課程博士課程単位取得退学。博士(文学)。専門は哲学、技術哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 佐藤 駿 岩手大学教育学部准教授。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は哲学、現象学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 鹿野 祐介 大阪大学COデザインセンター特任助教。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は哲学、概念工学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表:
-
1 文学における原体験と方法
一九六九年
7-27
-
五木 寛之/述
-
2 追分書下ろし暮し
一九七四年
29-40
-
三浦 哲郎/述
-
3 父たる術とは
一九七四年
41-60
-
黒井 千次/述
-
4 新聞小説『めぐり逢い』と連作小説をめぐって
一九七六年
61-76
-
三浦 哲郎/述
-
5 「厄介」な世代
昭和一ケタ作家の問題点
77-97
-
岡松 和夫/述
-
6 失われた喜劇を求めて
一九七七年
99-122
-
山口 昌男/述
-
7 文芸同人誌「文体」をめぐって
一九七七年
123-140
-
秋山 駿/述
-
8 ロシア文明の再点検
一九八〇年
141-162
-
江川 卓/述
-
9 “女”をめぐって
一九八一年
163-186
-
三枝 和子/述
-
10 「十二月八日」に映る内向と自閉の状況
一九八二年
187-198
-
三浦 雅士/述
-
11 何がおかしいの?
方法としての「笑い」
199-212
-
別役 実/述
-
12 文学は「隠し味」ですか?
一九八四年
213-234
-
小島 信夫/述
-
13 チェーホフは「青春文学」ではない
一九八七年
235-245
-
松下 裕/述
-
14 後藤明生と『首塚の上のアドバルーン』
一九八九年
247-264
-
富岡 幸一郎/述
-
15 小説のディスクール
一九九〇年
265-286
-
蓮實 重彦/述
-
16 疾走するモダン
横光利一往還
287-314
-
菅野 昭正/述
-
17 谷崎潤一郎を解錠する
一九九一年
315-338
-
渡部 直己/述
-
18 文学教育の現場から
一九九二年
339-360
-
三浦 清宏/述
-
19 文学の志
一九九三年
361-380
-
柄谷 行人/述
-
20 親としての「内向の世代」
一九九三年
381-400
-
島田 雅彦/述
-
21 小説のトポロジー
一九九五年
401-423
-
菅野 昭正/述
-
22 現代日本文学の可能性
小説の方法意識について
425-444
-
佐伯 彰一/述
前のページへ