蔵書情報
この資料の蔵書に関する統計情報です。現在の所蔵数 在庫数 予約数などを確認できます。
資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
No. |
所蔵館 |
資料番号 |
資料種別 |
配架場所 |
別置 |
帯出 |
状態 |
1 |
鶴舞 | 0237197785 | 一般和書 | 2階開架 | 人文・社会 | | 在庫 |
関連資料
この資料に関連する資料を 同じ著者 出版年 分類 件名 受賞などの切り口でご紹介します。
東京都新宿区-歴史 中国人(日本在留)-歴史
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
請求記号 |
213/00392/ |
書名 |
台湾人の歌舞伎町 新宿、もうひとつの戦後史 |
著者名 |
稲葉佳子/著
青池憲司/著
|
出版者 |
紀伊國屋書店
|
出版年月 |
2017.9 |
ページ数 |
249p |
大きさ |
20cm |
ISBN |
978-4-314-01151-8 |
分類 |
21361
|
一般件名 |
東京都新宿区-歴史
中国人(日本在留)-歴史
|
書誌種別 |
一般和書 |
内容紹介 |
日本の統治下にあった台湾から日本へやってきて、戦後、外国人として裸一貫で放り出された彼らは、ヤミ市で財をなし、焼け野原に構想された興行街・歌舞伎町を目指した。台湾人に焦点を当て、歌舞伎町の戦後史を綴る。 |
書誌・年譜・年表 |
文献:p238〜243 |
タイトルコード |
1001710046220 |
要旨 |
“らんぶる”も“スカラ座”も“風林会館”も台湾人がつくった―終戦までの50年間、日本の統治下にあった台湾。8万人あまりが“日本兵”として戦争に駆り出され、戦前から日本に“内地留学”をしていた者も多くいた。戦後、今度は一転、“外国人”として裸一貫で放り出された台湾人はやがて駅前のヤミ市で財をなし、焼け野原に新たに構想された興行街・歌舞伎町を目指した―初めて明らかにされる、貴重な時代証言。 |
目次 |
第1章 “ルンバ”の青春 1945‐49―虚脱から再起へ(“やんちゃ”少年、内地へ留学する ヤミ市から始まった戦災復興 ほか) 第2章 “地球座”から始まった歌舞伎町 1945‐49―理想と停滞(鈴木喜兵衛が描いた理想のまちづくり 林以文、“地球座”に出会う ほか) 第3章 「歌舞伎町」前夜 1950‐54―焦燥から光明へ(“博覧会”という宴のあと 駅前の“ヤミ市”去って、歌舞伎町に“青線”来たる ほか) 第4章 “じゅく文化”の裏に台湾人華僑あり 1955‐64―胎動から興隆へ(“じゅく文化”は名曲喫茶から 娯楽のまちと暮らしのまち ほか) 第5章 台湾人が愛した歌舞伎町 1965‐74―爛熟、そして変容(華僑ストリートになった花道通り 歌舞伎町の“ザ・台湾人華僑”たち ほか) |
著者情報 |
稲葉 佳子 1954年生まれ。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師、博士(工学)。都市計画コンサルタントを経て、2008年よりNPO法人かながわ外国人すまいサポートセンター理事。2012年から新宿区多文化共生まちづくり会議委員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 青池 憲司 1941年生まれ。映画監督。監督作品に『ベンポスタ・子ども共和国』(日本カトリック映画賞受賞)、『琵琶法師山鹿良之』(毎日映画コンクール・記録文化映画賞受賞)、『野田北部・鷹取の人びと』全一四部(日本建築学会文化賞受賞)ほかがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表:
前のページへ