蔵書情報
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資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
資料種別 |
配架場所 |
別置 |
帯出 |
状態 |
| 1 |
鶴舞 | 0232797019 | 一般和書 | 2階書庫 | | | 在庫 |
| 2 |
熱田 | 2219397284 | 一般和書 | 書庫 | | | 在庫 |
関連資料
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書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| 請求記号 |
3619/00142/ |
| 書名 |
「日本人」は変化しているのか 価値観・ソーシャルネットワーク・民主主義 |
| 著者名 |
池田謙一/編著
|
| 出版者 |
勁草書房
|
| 出版年月 |
2018.1 |
| ページ数 |
4,274p |
| 大きさ |
21cm |
| ISBN |
978-4-326-25124-7 |
| 分類 |
36191
|
| 一般件名 |
社会調査
日本人
価値(社会学)
|
| 書誌種別 |
一般和書 |
| 内容紹介 |
政権交代、地震・原発事故、再度の政権交代…。これらの経験を経た「日本人」の考え方はどのようなものか。大規模な国際比較調査データをもとに、日本に住む人々の価値観やその変化を描く。 |
| 書誌・年譜・年表 |
文献:p259〜272 |
| タイトルコード |
1001710088708 |
| 要旨 |
1989年、手塚治虫が死去した。その後に訪れた90年代、いつしか「マンガはつまらなくなった」という言説が一人歩きを始めた。手塚の死とともに、マンガの歴史は終わってしまったのか?いや、そのようなことは決してない。神の死後に生まれたマンガたちが見向きもされない現実は、マンガにとって不幸ではないのか?そして、なぜそのようなことが起きてしまったのか?歴史的空白を「キャラとリアリティ」の観点からとらえ直すことで、マンガ表現論の新たな地平を切り開いた名著、ついに新書化。マンガ・イズ・ノット・デッド。 |
| 目次 |
第1章 変化するマンガ、機能しないマンガ言説(なぜマンガ言説は、現状に対応できないのか? 「読み」の多様さとシステム論的分析の必要性 ほか) 第2章 切断線を超えるもの―いがらしみきお『ぼのぼの』の実践(いがらしみきおの認識 『ぼのぼの』と『動物化するポストモダン』 ほか) 第3章 「キャラクター」とは何か(「キャラ」とリアリティ 『NANA』は「キャラ」は弱いけれど、「キャラクター」は立っている ほか) 第4章 マンガのリアリティ(マンガにおける近代的リアリズムの獲得 「コマわり」とは何か ほか) 第5章 テヅカ・イズ・デッド―手塚治虫という「円環」の外で(手塚治虫という円環 より開かれたマンガ表現史へ) |
| 著者情報 |
伊藤 剛 マンガ評論家、鉱物愛好家、東京工芸大学マンガ学科准教授。1967年名古屋市生まれ。名古屋大学理学部地球科学科岩石学鉱床学講座(当時)卒。日本マンガ学会会員。NTTデータ退社後、浦沢直樹のアシスタント、マンガ家活動を経て文筆の道に入る。2005年、本書の底本となる『テヅカ・イズ・デッドひらかれたマンガ表現論へ』を上梓。マンガ評論の新地平を切り開くものと高い評価を得た。現在は執筆活動も継続しつつ、大学教員として多くのマンガ家を世に送り出している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表:
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