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資料情報
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| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
資料種別 |
配架場所 |
別置 |
帯出 |
状態 |
| 1 |
鶴舞 | 0238485155 | 一般和書 | 2階開架 | 自然・参考 | 禁帯出 | 在庫 |
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| 要旨 |
日本人はだれしも「世間」にとらわれている。世間という人的関係の中で、「ゆるし」や「義理」「人情」といった原理に庇護され、安心を得る。故に、日本人は世間からの「はずし」を強く恐れる。犯罪や不祥事を起こした日本人は、ただちに謝罪しなければならない。日本では真摯な謝罪によって、世間からの「ゆるし」を得て「はずし」を回避することができるのだ。ところが近年、日本の刑事司法が厳罰化する傾向にある。これは「世間」の寛容さが失われつつあることのあらわれなのか?日本「世間」の現在を問う意欲作。 |
| 目次 |
第1章 日本人を縛る「世間」とはなにか―なぜ年齢にこだわるのか 第2章 「世間」における「ゆるし」と「はずし」―日本の犯罪率が低いわけ 第3章 「はずし」としての厳罰化―「後期近代」への突入か 第4章 「ゆるし」としての刑法三九条―理性と自由意思をもった人間? 第5章 「ゆるし」としての少年法―「プチ世間」の登場 第6章 謝罪と「ゆるし」―出すぎた杭は打たれない |
内容細目表:
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