蔵書情報
この資料の蔵書に関する統計情報です。現在の所蔵数 在庫数 予約数などを確認できます。
書誌情報サマリ
| 書名 |
エスの系譜 沈黙の西洋思想史
|
| 著者名 |
互盛央/著
|
| 出版者 |
講談社
|
| 出版年月 |
2010.10 |
| 請求記号 |
134/00005/ |
この資料に対する操作
カートに入れる を押すと この資料を 予約する候補として予約カートに追加します。
いますぐ予約する を押すと 認証後この資料をすぐに予約します。
関連資料
この資料に関連する資料を 同じ著者 出版年 分類 件名 受賞などの切り口でご紹介します。
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| 請求記号 |
134/00005/ |
| 書名 |
エスの系譜 沈黙の西洋思想史 |
| 著者名 |
互盛央/著
|
| 出版者 |
講談社
|
| 出版年月 |
2010.10 |
| ページ数 |
300p |
| 大きさ |
20cm |
| ISBN |
978-4-06-216549-5 |
| 分類 |
134
|
| 一般件名 |
ドイツ哲学-歴史
哲学者
|
| 書誌種別 |
一般和書 |
| 内容注記 |
文献:p269〜290 関連年表:p291〜300 |
| 内容紹介 |
「考える」「思う」という事象に主語はあるのか? 「人」とも「言語」とも「普遍的なもの」とも呼ばれながら、究極「それ」としか名づけようのない何ものかを巡って、人間存在の不思議を考え抜いた思想家たちの系譜を辿る。 |
| タイトルコード |
1001010060353 |
| 要旨 |
「考える」「思う」の主語は何か。「思われること」は、本当に「私に思われ」ているのか。「私」を「捏造」したデカルトは、すでにこの問いを封印していた。しかし、近代以降、この沈黙の事象に対する哲学者たちの悪戦苦闘が始まった。リヒテンベルクに始まりフォイエルバッハ‐ニーチェ‐フロイトへと続く第一の系譜。一方、フィヒテに分かれシェリング‐ビスマルクに流れる第二の系譜。「人」とも「言語」とも「普遍的なもの」とも呼ばれながら、究極“それ”としか名づけようのない何ものかを巡って、人間存在の不思議を考え抜いた思想家たちの系譜を辿る。 |
| 目次 |
第1章 エスの問題圏(フロイトとニーチェ ニーチェの因果性批判 ほか) 第2章 エスの淵源を求めて(「神なる自然」とゲーテ フィヒテの課題 ほか) 第3章 変貌するエス(「自然の精神化」と「自然の物質化」 ヘルムホルツからマッハへ ほか) 第4章 エスへの抵抗(カール・クラウス 抵抗するローゼンツヴァイク ほか) |
| 著者情報 |
互 盛央 1972年、東京生まれ。1996年、東京大学教養学部教養学科卒業。2008年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。言語論・思想史。現在、出版社勤務。著書に『フェルディナン・ド・ソシュール―“言語学”の孤独、「一般言語学」の夢』(作品社)がある。同書で「第22回和辻哲郎文化賞」「第27回渋沢・クローデル賞」を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表:
前のページへ