蔵書情報
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書誌情報サマリ
| 書名 |
巣鴨日記 続 新字体・現代仮名遣い版 絞首台の傍らで見た敗戦日本の行方
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| 著者名 |
重光葵/著
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| 出版者 |
ハート出版
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| 出版年月 |
2026.6 |
| 請求記号 |
916/04197/2 |
資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
資料種別 |
配架場所 |
別置 |
帯出 |
状態 |
| 1 |
中村 | 2532538374 | 一般和書 | 一般開架 | | | 貸出中 |
関連資料
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書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| 請求記号 |
916/04197/2 |
| 書名 |
巣鴨日記 続 新字体・現代仮名遣い版 絞首台の傍らで見た敗戦日本の行方 |
| 著者名 |
重光葵/著
|
| 出版者 |
ハート出版
|
| 出版年月 |
2026.6 |
| ページ数 |
251p |
| 大きさ |
21cm |
| 巻書名 |
絞首台の傍らで見た敗戦日本の行方 |
| ISBN |
978-4-8024-0261-3 |
| 分類 |
916
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| 一般件名 |
戦争犯罪
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| 書誌種別 |
一般和書 |
| 内容紹介 |
東條英機ら7名の絞首刑、続くB・C級戦犯の処刑、尊厳を踏みにじる身体検査…。A級戦犯として禁錮7年の判決を受けた元外相・重光葵が、判決翌日から仮出所までの約2年間を綴った獄中記。写真も収録。 |
| タイトルコード |
1002610024803 |
| 要旨 |
重光葵は戦前、上海天長節爆弾事件で片脚を失いながらも、上海事変停戦協定を成立させた。その後も外務次官・駐英大使等の立場で、三国同盟や対米英開戦の回避に努めた。戦中は外務大臣として大東亜共同宣言の実現に関わり、終戦時には日本政府全権として降伏文書に調印。東京裁判ではソ連の横やりによりA級戦犯被告とされ、禁錮七年の判決を受けたが、出獄後は副総理兼外相として日本の国連加盟を実現させた。『続 巣鴨日記』は、東京裁判で判決を受けた翌日から、仮出所により鎌倉の自宅に帰る日までの約二年間、服役者として過ごした獄中の記録である。東條英機ら七名の“A級戦犯”絞首刑執行、その後も続く“B・C級戦犯”の処刑、独房での過酷な扱い、冷戦の激化と朝鮮戦争の勃発、ソ連の異議に翻弄された保釈委員会の審理などを冷徹に綴り、家族や旧友、詩友との交流を温かく描く。獄窓から国を憂う心情は、本書に数多く収められた漢詩に託されている。 |
| 目次 |
昭和二十三年 続 昭和二十四年 昭和二十五年 |
| 著者情報 |
重光 葵 1887年大分県生まれ。子供の頃朝の沐浴と教育勅語の朗読を日課とする。東京帝大法科大学独法科卒業。外務省に入り、上海総領事、駐華特命全権公使等を歴任、上海事変停戦協定を成功させた直後、上海天長節爆弾事件で右足を失う。その後、外務次官、駐ソ、駐英、駐華の各大使、さらに東條内閣、小磯内閣、東久迩宮内閣で外相を務める。日本政府全権として戦艦ミズーリ艦上で降伏文書調印。昭和天皇の信頼厚く、調印前天皇から激励を受ける。張鼓峰事件の解決、ビルマ援蒋ルートの一時的閉鎖、戦後の占領軍による軍政阻止などは、重光の卓越した交渉能力を示す例である。大東亜共同宣言も終戦の御聖断も重光の提言によって実現。日華和平を目指し、三国同盟や日米開戦には反対の立場だったが、極東国際軍事裁判ではソ連の横やりでA級戦犯の被告人となり、禁固7年の判決。政界復帰後、改進党総裁、日本民主党、自由民主党副総裁、そして鳩山内閣の外相として日本の国際連合加盟に尽力。1957年没、享年69歳(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 山上 信吾 1961年、東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省入省。国際情報統括官、経済局長等を経て、2020年駐オーストラリア特命全権大使。2023年退官。現在、TMI総合法律事務所特別顧問、笹川平和財団上席フェロー、同志社大学法学部政治学科特別客員教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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