蔵書情報
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資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
資料種別 |
配架場所 |
別置 |
帯出 |
状態 |
| 1 |
鶴舞 | 0238383970 | 一般和書 | 2階開架 | 文学・芸術 | | 在庫 |
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書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| 請求記号 |
N383/00321/ |
| 書名 |
いなかのうまいもの |
| 著者名 |
国分一太郎/著
|
| 出版者 |
晶文社
|
| 出版年月 |
1980 |
| ページ数 |
263p |
| 大きさ |
20cm |
| 分類 |
3838
|
| 一般件名 |
食物
|
| 書誌種別 |
一般和書 |
| タイトルコード |
1009210188093 |
| 要旨 |
ポリドリ『ヴァンパイア』ブームのさなか、1820〜30年代にかけて発表された、ラウパッハ『死者を起こすなかれ』、シュピンドラー『ヴァンパイアの花嫁』など怪縁が織りなすドイツ・ヴァンパイア文学傑作短編集。本邦初訳。ヴァンパイア学者が詳述する訳者解題「ヴァンパイア文学のネットワーク」を併録。 |
| 著者情報 |
ラウパッハ,エルンスト 1784‐1852。1784年にシュレージエンのシュトラウピッツにある牧師の家に生まれる。ハレ大学で神学を学んだ後、兄のいるペテルブルクに移り創作を始める。さる侯爵家の家庭教師を務めるかたわら、大学教授としての業務に追われるが、外国人排斥運動を受けてドイツに戻る。宮廷顧問官のとりなしでベルリンの劇場に腰を落ち着け、1852年に死亡するまで創作を続ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) シュピンドラー,カール 1796‐1855。1796年にブレスラウの音楽教師の家に生まれる。父の仕事の関係でストラスブールに移住するが、フランス軍侵攻を受けてアウクスブルクに逃れる。演劇にのめり込み、十年ほど旅芸人の下働きをした後、スイスで作家として生計を立てようとする。最初はうまくいかず、生活のために数々の作品を発表した。32年にバーデン=バーデンに移住し、1855年に当地で死亡(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) ラウシュニク,ゴットフリート・ペーター 1778‐1833/35?。1778年にケーニヒスベルクに生まれる。Ph.Rosenwall名義で風俗旅行記などを出版。オランダやドイツのライン地方、スイスなどを周遊した後にいくつかの雑誌・新聞を編集。最終的にライプツィヒに移り住み、当地で1833/35?に死亡(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) ヒルシャー,ヨーゼフ・エマニュエル 1806‐37。1806年にチェコのリトムニェジツェに生まれる。軍学校に入り、教師の影響で文学に親しむ一方で、軍人としても出世し、最終的には宮廷勤めを果たす。しかし、1837年にミラノで病死(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) ベック,カール・イジドーア 1817‐79。1817年に、ハンガリーのバヤに住むイスラエル人の両親のもとに生まれる。ウィーンで医学を学んだ後、メッテルニヒ体制の検閲を逃れてライプツィヒに移り、「若きドイツ派」のグスタフ・キューネと親交を結び、文学の道に入る。『鉄道』という詩で有名になった後、ニコラウス・レーナウなど数々の人物と交流する。脳炎によって、ウィーンの病院で1879年に死亡(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表:
-
1 死人花嫁
7-40
-
ゴットフリート・ペーター・ラウシュニク/著
-
2 死者を起こすなかれ
41-82
-
エルンスト・ラウパッハ/著
-
3 ヴァンパイアの花嫁
83-171
-
カール・シュピンドラー/著
-
4 ヴァンパイア アルスキルトの伝説
173-232
-
J.E.H/著
-
5 狂想曲
ヴァンパイア
233-302
-
イジドーア/著
-
6 ヴァンパイアとの駆け落ち
303-325
-
ヒルシュ/著 ヴィーザー/著
-
7 ヴァンパイア ワラキア怪奇譚
327-341
-
F.S.クリスマー/著
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